2020年1月26日日曜日

データサイエンスの実際 インフルエンザ治療薬の審査承認

今回はシステムから離れて、インフルエンザ治療薬 イナビル の審査承認を例にデータサイエンスの実際に触れたいと思います。


2020年1月現在都内で流行しているインフルエンザは10年前に流行して問題となったA型 のH1N1pdm09です(東京都感染症情報センター)、予防接種もこの型をターゲットに製造されたので効果は高かったと思われますが、インフルエンザに罹った小児科の患者さんにお話を聞くと9割以上の方が予防接種をしていました。*

インフルエンザワクチンは感染(ウィルスの細胞内への侵入と増殖、拡散)を完全に防止することはできません。感染が成立すると24時間以内に発熱などの症状が表れる発病の段階に移行します。ワクチンによる発病予防効果は6歳以下の乳幼児で20-60%と見られています。「 なんだ、その程度ならわざわざ予約してお金を出して痛い注射をすることもない 」とは考えないでください。ワクチンの真価は 重症化 の予防にあります。インフルエンザが怖いのは肺炎、脳症など、命にかかわる重症化です。では有効なワクチンを接種していなかった乳幼児、高齢者、呼吸器・循環器の疾患をもっていた方はどうしたらよいでしょうか?それがタミフル、イナビルなどのインフルエンザ治療薬です(厚生労働省 インフルエンザ Q&A

前置きが長くなりましたが、以上の予備知識をもとにイナビルの審査報告書を読んでみましょう。イナビルは日本国内ではポピュラーな治療薬ですが、米国では承認されていません。この意外な事実は臨床試験の結果にあります。医薬品医療機器総合機構 ラニナミビルオクタン酸エステル水和物 承認情報 2010年09月10日 審査報告書 がそれです。

1番目のポイントは p67-68です。 p67 「成人におけるインフルエンザ罹病時間の要約統計量」の第三相国際共同試験CS8958-A-J301 を見てください。オセルタミビル(タミフル)と本剤(イナビル20mg、40mg)それぞれの被験者数300名超の比較試験です。効果は同じ程度という結果になっていますが、p68にあるように耐性ウィルスが拡大しタミフルに不利な環境での試験結果です。

2番目のポイントは p72-76 です。p73 「小児および未成年におけるインフルエンザ罹病時間の要約統計量」を見てください。例数は少なくなるのですが、成人に比べイナビルの有効性が高いようにとれます。成人と小児では事情が異なります。p76にあるように罹患経験、免疫能力の違い、また受診・薬剤投与のタイミングの違い(小児は発病の初期段階で受診する)があります。

メインとなるのは成人に対する大規模臨床試験で、効果は既存薬と同程度という結果です。米国はこちらを基準に判断したのでしょう。一方、日本では重症化対策を念頭に、選択肢を増やす判断をとったようです。小児への対応がその判断を後押ししたようにも思えます。

t-検定の結果がそのまま結論にはなりません。データサイエンスはツールです。データサイエンティストの未来は、課題に対する問題意識・関心、洞察にかかっているのではないでしょうか。

インフルエンザの感染の最良の防止策は、感染源に近づかないことです。また上気道の保護、基礎体力の維持も大事です。健康な生活を心掛けましょう。
永島志津夫

* 薬剤師業務もしており 2019/12-2020/1月の聞き取り結果です。